昨日、七夕について書いたが、説明不足のようなので、もう少し「うだ話」を聞いていただきたい
日本では、明治以前は、太陰暦(太陽太陰暦)が使用されていた
明治5年に今の太陽暦が採用された
太陽暦と太陰暦
暦(こよみ)には、1年の長さを太陽の動きによって決める「太陽暦」と、
ひと月の長さを月の動きによって決める「太陰暦」とがある
太陽太陰暦(太陰太陽暦)
日本が使っていた「太陽太陰暦」は、1ヶ月の長さを月の動きによって決め、
1年の長さは太陽の動きに動きによって決める、というものだ
つまりどこかで調整する必要がある
うるう月
毎月は28〜29日間であり、3年に1度くらい(不定)の間隔で「うるう月」が挿入され、その年は13ヶ月となった
この話をすると「えーーっ」となるけどホントだよ
日本国内だけなら、うるう月があったりしても、別に困ることはなかった
ところが諸外国との国交、貿易などがかかわって来るとややこしいことも起こって来る
そこで新暦
政府は、明治5年12月3日をいきなり明治6年1月1日とした
明治政府の布告は改暦の約1ヶ月前、明治5年の11月9日だったというからめっちゃいきなりだ
突然1ヶ月なくなっちゃったわけだ
11月9日に突然「23日後が大晦日な」と言われたんだからみんな困っただろう
その時の混乱はたいへんなものだったそうだ
カレンダー
来年の暦、今でいうカレンダーもすでに販売されていたそう
従来の暦は回収され、急きょ新しい暦を作って配布したそうだ
金融政策?
これは明治政府の金融政策でもあったらしい
明治6年はうるう月の年だった。つまり13ヶ月ある。
明治5年も実際上は11ヶ月しかなかったし、明治6年も予定より1ヶ月少ないことになる
公務員や企業で働く社員の給料2ヶ月分を節約できる、という景気回復のための金融政策だったという説もある
いずれにしろ、1ヶ月でめっちゃ急いで作った暦をいまだに使っているのである
だから季節がずれる
めっちゃ急いで作った暦なので、「季節」という大切なことが考慮されていないのだろう
その一番極端なのが「七夕」だと思う
梅雨の真っ最中に「天の川を見ろ」と言われても、それはちょっと無理というものだ
長くなってしまった。今日はここまでということで